短いフレーズに要注意

前回のバンパーと俳句の話の続きです。

短いフレーズほど揚げ足をとりにくい。

先日は、バンパー広告が6秒という話から始まり、アンガーマネジメントの6秒ルールという話を経て、川柳を詠んで怒りをしずめるという話題に至りました。いずれも、ごく短い時間のコミュニケーションという共通点があります。その続きとして、コピーライターの経験から、短いフレーズほど揚げ足をとられにくいという視点で考えていきましょう。俳句はたった17文字の表現です。その中に、詠む人の感性や広がりのある世界を表現しています。その短さのゆえに、理論的にどこがどうおかしい、などという揚げ足が取りにくいのだと思います。17ページの論文であれば、その中には理論的な矛盾など、つっこみどころは必ずと言ってよいほどあるでしょう。書き出しと結論がズレているぞ、というようなことも起きるでしょう。また、17行のブログであれば、書き手の知識の間違いなどに対して揚げ足をとることもできるでしょう。しかし俳句はたった17文字しかないわけです。そこには揚げ足のもとになる、ロジックやエビデンスなどはないのです。俳句ではありませんが「人間だもの」と言われてしまうと、揚げ足をとるどころか、手も足も出ないわけです。

広告のキャッチフレーズも、短いわけがある。

広告のキャッチフレーズが短いのも、この揚げ足を取られない、ということと関係が無いわけではありません。長いキャッチコピーもあり、それには意味がありますが、ここでは述べません。広告はよく、出会いがしらの勝負などと言われるように、まずは出会いがしらで関心をキャッチするチカラを求められます。その場でキャッチしなければ、スルーされてしまいます。文字通りキャッチフレーズです。例外はありますが、そもそも広告は、見たい、読みたいとは思われていないからです。そのキャッチするチカラには、さまざまなベクトルがあります。とにかく分かりやすかったり、ビックリさせたり、自分のコトであると思わせたり、問題提起したり。何が言いたいんだ?と疑問を抱かせることでも、キャッチしたことになります。いずれの場合も、文字数が少ない方が効果的でしょう。

短くない方が効果的な媒体もある。

一方、出会いがしらといよりは、出会ってからが大事という媒体もあります。たとえば電車の中吊りは、よほど読みにくくない限り、降りる駅までは読んでもらえる可能性はあります。キャッチするだけの表現よりは、読ませるコピーの方が効果的です。雑誌の発売告知の中吊りは、アイフローの点でも考え抜かれた最も完成されている例と言えるでしょう。ちなみに、車内の広告で判読できないほど小さい文字で書かれた広告を見かけますが、制作者が実際の掲出位置を想像せずに机上でデザインしたか、既存の雑誌広告などの単純なリサイズである可能性があります。とはいえ、今どきはみんなスマホを見ているので、車内広告の効果はどんどん低下していくでしょう。

コンセプトが異なる、バンパーと15秒CM。

テレビはタイムシフトして視聴されることが多くなっていますが、リアル視聴では、CMはやはり出会いがしらが勝負です。WEB広告も冒頭5秒が重要とよく言います。YouTubeのバンパー広告にいたっては全6秒ですので、もう出会いがしらしかないというか、出会った瞬間で勝負がつくわけです。そこで前回もお話した、Googleが言うところの、「バンパー広告は動画広告の俳句」というコンセプトが大事になってくるわけです。その意味するところは、15秒CMの6秒短縮版ではないということでしょう。しかし現実は、さまざまな事情、たとえばクリエイターの力不足や、クライアントの理解度や、予算などの事情により、15秒CMの6秒版が制作されることはままあります。バンパー広告とテレビCMとは異なるコンセプトのコンテンツであるという意識で企画することは、なかなか難しいことなのです。「動画広告の俳句」という視点で考えると、俳句は、全貌が明かされないゆえに、読み手が頭の中で都合いいように想像できる。読み手の想像力を発揮する余地がある。創造力を喚起するチカラがあると言えるでしょう。蛙が飛び込む古池の様子、蛙の種類、飛び込んだ時の音は?その時、詠み人は何を考えたのか?それらは、それぞれの頭の中に出現するからです。俳句が短いフレーズだからできることです。揚げ足をとるというような理性ではなく、感性のスイッチが入るからです。

答えを言い切る短いフレーズは、スッキリするが危険も。

その点、長いテキストや発言は、その全貌がさらされている分、揚げ足をとられやすくなってしまいます。ですから、短いフレーズでコミュニケーションする技術を持っている人は、店員さんであれ、経営者であれ、政治家であれ、コミュニケーションの達人と言えるでしょう。いくら正しいことを言っていても話がクドくなってしまえば、そこに共感は生まれません。逆に、発言の中身が正しくなくとも、ズバッと言い切ってくれた人には拍手喝采が起きます。複雑なテーマになれば、ズバッと答えを言い切ることは難しくなるはずなので、ほとんどの人の答えは、モヤっとした読後感を持たれてしまうことがあります。たとえばコロナについても、医学的にも社会的にも政治的にも経済的にも、さまざまな言説が飛び交っていますが、一筋縄ではいかない複雑で未知のテーマなので、ズバッとソリューションを提示することは難しいはずです。しかし、ズバッと言ってほしいのが人情です。イラっとして皆がそう思った時に、ズバッと言い切ってくれる人が現れると、スッキリします。その内容が正しいか正しくないかはともかく。そして「よく言った!スッキリした!」という感情と、課題解決の期待感とを混同してしまうかもしれません。その結果、そのスッキリさせてくれた人の後について行ってしまいがちです。短いフレーズには人の想像力を喚起するチカラがありますが、人のモヤモヤをスッキリさせるワンフレーズには、そのスッキリ感を利用して人をついてこさせる力があることも、忘れてはいけないでしょう。