超対症療法ソリューション

課題を解決してこそソリューション。分かっちゃいるけど、最悪の事態を緊急回避するソリューションもある。

問題の解決か、逃避か、固定化か?

ウーバーが増えました。スマホ片手に運転する光景にも出くわします。配達にもスマホを使い、配達中に次のリクエストに応答するにもスマホを使うので、しかたないのでしょう。そして、歩きスマホもなかなか無くなりません。以前、中国のショッピングモールで「歩きスマホ専用レーン」の導入が検討された、という記事を見たことがあります。事故を無くすためには、歩きスマホを無くすのではなく、専用レーンを作ってしまえという、いわば逆転の発想です。また米ユタバレー大の階段には、「歩行用」「急ぎ用」「歩きスマホ用」の3レーンがあるとも聞きました。さらにドイツでは、歩きスマホ者のために路面に信号を埋め込んだという話も。実験の段階かもしれませんが、こうなると歩きスマホ根絶を諦めたどころか、歩きスマホに便利な世の中にしようという試みなのかとさえ思ってしまいます。歩きスマホ専用レーンは、いわば現状追認型のソリューション。もう課題の本質を解決している余裕は無いと考えた、緊急事態的なソリューションと言えるでしょう。しかしそれでは問題の解決が遠のくばかりか、むしろ問題が固定した社会になってしまうのでは、と思う人は多いでしょう。

歩きエスカレーターは解決できる?

エスカレーターの片側を急ぐ人のために空ける、という習慣についても一時議論になりました。全員が歩かずに乗った方が、エスカレーター全体としては効率が良いという検証もあるようです。個人の勝手な行動が混在するより、全員が規律ある行動をとった方が、社会的な効率は高まるということでしょうか。しかしこれは全員が歩かない方が、効率つまり時間当たり多くの人数を運べるということであって、たとえば、一刻も早くトイレに行かねばという個人にとっての答えにはなっていないし、全体への奉仕に関心がない人には効かない話でしょう。ゆえに、歩きエスカレーターに対しては、効率論より「とにかく危険だから禁止」と言い切った方が効くと思われます。しかし、歩きスマホだって「危険」という理由では無くなっていません。歩きスマホ専用レーンは可能ですが、歩きエスカレーター専用レーンというハード面でのソリューションは、駅の構造的に無理でしょう。車の場合は「アクセルとブレーキを踏み間違える人は必ずいる」という前提で、間違って踏んでしまった場合に対するハード面での解決が実現しています。しかし今のところ、踏み間違いも含めたすべての操作ミスに対応できるシステムではありません。歩きスマホ専用レーンのように、高齢ドライバー専用レーンを作るわけにはいかないでしょう。やがて、全自動運転者や乗用ドローンなどが実現すれば解決するのかもしれませんが、今のところ、究極のソリューションはありません。

ズバッと解決するソリューションは危ない。

人間社会である限り、多様な価値観の人が存在しているわけです。社会の危険を回避するために、自らの利便を犠牲にできる人もいれば、社会の安全より利便を優先する人もいます。そしてそれらが混在していることが人間社会の実相です。そしてそれこそが、ソリューションを考えていく上で重要なポイントです。そのような多様な価値観がある社会で、ズバリ一発で解決できる究極のソリューションは難しいと言えるでしょう。全ての人が一つの価値観で生きる世の中になれば、究極のソリューションは可能となるかもしれませんし、その方が管理は容易ですが、その前提を認めることは危険です。あの手この手で、諦めずに漸進的に歩み続けることで、ゴールにたどり近づいていくしかまいのではと思います。