プレゼンは世につれ

プレゼンでは未確定な部分が残り、というかわざと残してクライアントの想像を膨らませておいて、不確定なところもあるけれど、あなたのことだから任せるか、相談する余地があるのはむしろ良いこと、と決まってしまうことがある。クリエイター冥利であり、その分、結果で応えようという決意も高まる。

また、オリエンはCM制作だったのに、イベントの提案で返すようなこともある。クライアントのオリエンに逆らうわけなので勇気がいる。そのようなプレゼンでは、クライアントの心を動かす、企画書がすでに企画になっているようなストーリー性が必要だ。

最近はリアルなプレゼンより、リモートでのプレゼンが増えている。事前に資料一式を送ってほしいと言われる。事前に読まれてしまうため、プレゼンのインパクトや話術の威力は半減する。良くも悪くも、事前に読まれる前提で企画書を書くことになる。プレゼンを効果的に盛り上げるキーノートではなく、誰もが読んだだけで理解できる、いわば独り歩きできる企画書にする必要がある。プレゼンのパフォーマンスに頼らない流れや、見る人によって受け取り方がブレない書き方が重要となる。

さらに、プレゼンに参加していない社員も決定に参加し、投票で決めるというケースも増えてきた。ターゲットが若物や女性などの場合は特に、ターゲットに近い社員の票が多く集まったという事実が、企画を上程する際のエビデンスになるという理由もあるのだろう。CMであればコンテだけが独り歩きすることになる。コンテを読めない素人にも分かる企画に支持が集まると、結果的に凡庸な企画が選ばれてしまうことも起きる。

オンラインのプレゼンが増えると、いきおいクリエイターはオンラインに合わせたプレゼンスキルを磨かざるをえなくなる。その場の空気を読みながら、プレゼンの流れをコントロールしていくような絶妙な技が使いにくくなった。困ったことである。