プレゼンは世につれ

オリエン返しが最善とは限らない。ニュートラルな発想でプレゼンを。

日々広告を作る中で、プレゼン通りの作品にならなかったり、提案通りの効果を生まなかったりという時、問題になることはあります。クライアントにしてみれば、多額の費用をかけて効果を期待するわけですから「がっかりした」では済みません。一般的には提案時には費用対効果へのコミットを求められます。プレゼンテーションのパフォーマンスでごまかしがきくような甘い世界ではありません。一方、逆にプレゼン時には未確定な部分があっても、というか、未確定な部分をわざと残してクライアントの想像を膨らませておいて「ちょっと謎もあるけど、あなたが考えたのだから、きっと・・・」という期待感で決まってしまうケースもあります。いわばクリエイティブをコスパで評価しないで、クリエイターへの人間的な期待に賭けてもらうという、クリエイター冥利に尽きる分、結果で応えようという決意もその分、高まります。

その顕著な例は、オリエンはCMの制作だったのに、例えばイベントの提案で返すというようなことです。「この課題を解決できるのはCMではありません」と言い切るわけです。いわばクライアントのオリエンに逆らうわけですので、そのようなプレゼンでは、なおのことクライアントの「心を動かす言葉」が大事となります。企画書自体がすでに一つの企画になっているような、納得できるストーリー性が必要です。そのような提案は、本命に対する穴馬となるので、特に競合プレの場合は、それ一本で勝負するには勇気がいります。営業さんなど社内の同意も得られにくい場合が多いでしょう。

指定プレの場合は、仕事が発生することが前提なので、規定課題であるCMの案もしっかり提案した上で、自由演技として例えばイベントを提案します。一方、競合プレの場合は、「こっちが正しい」と言い切って、その企画と心中するのも潔いですが、リスクを分散して、CMを提案する「オリエン返しチーム」と、例えばイベントを提案する「ニュートラルチーム」に分けることもあります。1案しか提案できない場合は、オプションとして提案するとか。説得力は弱くなりますが保険をかけるわけです。

いくらニュートラル案を自信をもって熱く提案しても、最後に判断するのはクライアントです。クライアントの宣伝部としては、CM制作のオリエン内容を上層部にオーソライズしておいて、結果的にCMを作らなくなったとは言いにくいでしょう。いわば自分たちが練ったオリエンを否定することになってしまいますので、オリエン返し案を選ぶ方が無難です。一方、決定権を持つ宣伝や経営トップに対するプレゼンの場合は、説得力があればニュートラル案を選んでいただく可能性は高まります。私もある食品メーカーの会長プレの場で、宣伝部が作ったオリエンに沿わない提案をして、採用していただいたことが多くあります。たとえばオリエンシートには「商品の味を訴求すること」となっていましたが、私が提案したのは全て「商品名を記憶させ売り場で再想起させる」案でした。オリエンを作った宣伝部の皆さんは内心穏やかではなかったでしょうが、「売れるのはこっちだ」という確信がありました。もちろん単純なネーミング連呼案ではありませんでした。企画の鮮烈さと熱意が、オリエンの場で会長の心に刺さったのだと思います。このように直接、経営や宣伝のトップにプレゼンできる場合はニュートラル案が通る可能性が高いのですが、プレゼンを受けた担当者が自ら上層部に説明して、そこで判断が下されるという場合は通りにくいでしょう。なぜニュートラル案がいいのかの説明が難しいからです。

また最近はリアルな場でのプレゼンより、リモートでのプレゼンが増えています。それに伴い、事前に資料一式を送っておいてほしいというケースも増えています。それを事前に読まれてしまいますので、プレゼン時のインパクトやプレゼンターの話術も威力半減です。良くも悪くも、そのような事態を想定した企画書の書き方が重要になります。プレゼンターの話を効果的に演出するキーノートではなく、誰もが読んだだけで理解できる自走できる企画書にする必要があるわけです。特に官広庁の場合は、企画書一式をプレゼンに先立って提出してある程度検討された後に、確認的なプレゼンを行うことも多く、提出時の企画書の出来そのものが成否を決することになります。この場合は企画書が独り歩きするわけですから、プレゼンテーターのパフォーマンスに頼らないロジカルな流れや、見る人によってブレない書き方が重要となります。

さらに、プレゼンの場に参加していなかった多くの社員にも企画を展開し、投票で決める、といったケースもあります。宣伝部内のメンバー以外にも展開し、広く社内の意見を聞くことは、自社の広告に対する社員の共感が得られることはあるでしょう。また、ターゲットが若物や女性などの場合は、ターゲットに近い若手や女性社員の票が多く集まったという事実が、その企画を上層部に上げる際のエビデンスになるという理由もあるでしょう。しかしその場合、CMであればコンテだけが独り歩きするので、いわゆるコンテを読めない人たちにも分かりやすい企画に支持が集まるかもしれず、結果的に凡庸な企画が選ばれてしまうリスクもあります。

しかし視聴者にしてみれば、出来上がった作品が全てです。プレゼンの中身とか、どういうプロセスで決まったとかは、視聴者にしてみれば関係ないことです。企画の前提となる分析や戦略はとても重要ですが、企画書を見ていない人たちにヒットしなければ意味ありません。それを忘れると、特に競合プレの場合、勝つことが目的になってプレゼンのパフォーマンスが行き過ぎることも起きます。弦楽四重奏の生演奏をバックにプレゼンしたとか、拍手する観客役のエキストラを仕込んでプレゼンしたとか、タレント本人を連れてきて挨拶させたなどの逸話もあります。どの場合も「そんなプレゼン上のパフォーマンスと企画の質は関係ない」とお叱りを受けたらしいですが、当然でしょう。

もっとも最近はオンラインのプレゼンが増えていますので、そのようなプレゼンのパフォーマンスはもう出番がありません。モニター越しでは、クライアントとクリエイターがまさに同じ空気を吸うような空間を作ることはできず、ソリッドでクールな説得力がますます重要になる実感があります。クリエーターは、オンラインを前提とした新しいプレゼンスキルを磨くことが急務です。オンラインだからこそ心に残る「言葉の力」が大事になっていくと思います。もっとも、その場の空気を読みながら「目くばせ」のような無言のコミュニケーションで、プレゼンの流れをアレンジしていくような絶妙な技が使いにくくなりました。これは困ったことです。