あらこんなところに牛肉が

広告代理店に入りたての頃、師事していたCDの新作CMが、全国紙のコラムで酷評されたことがあった。牛肉で作るインスタント食品のCMで、女性タレント演じる主婦が冷蔵庫を覗いて、そこに牛肉を発見して歌いだす。「♪あら、こんなところに牛肉が~」。

批評を書いたのは有名な広告評論家。いわく、「買い置いた牛肉を、主婦が忘れるはずはなく、庶民の感覚からズレたCMだ」。さんざんにこきおろされたのだった。しかし考えていただきたい。このCMは、そもそも主婦のリアルな実感を描いたわけではない。商品名を歌い込んだコマソンを、タレントがオンリップで歌うのである。誰もがCMとしての虚構と分かる世界にしてあるわけだ。

「あ、牛肉買ってたの忘れてた・・・」的なつぶやきだったなら、その批評にも一理あるだろう。現に主婦の皆さんから「主婦の実感からズレている」との指摘が寄せられることなどなく、商品の売上は好調である。この批評家の方こそズレていないか。その憤りはクライアントも抱いていて、新作が作られた。

スーパーの精肉コーナーで牛肉を見つけた主婦が「♪あら、こんなところに牛肉が~」と歌うCMだ。肉売場で「あら、こんなところに」とは実も蓋もないが、皮肉を込めたアンサーとして作ったものである。さらに、主婦が帰宅したら、なぜか玄関に牛肉が置いてあり、「♪あら、こんなところに牛肉が~」と歌うタイプも作られた。今であれば、火に油を注いで炎上していたことだろう。牧場に遊びに来た家族が牛を見つけて、「♪あら、こんなところに牛肉が~」と歌いだすコンテもあった。さすがにこれは実現していない。